ライター 志望が、0円で12本コンテンツを書き上げて思ったこと

Journaling

『ほぼ全員、書くことだけでゆうたら、日本国民みんなできるんやないですか?』

2020年12月ごろからライターを目指し始め、はや3ヶ月が経とうとしている。この言葉は、所属している会社のコテコテ大阪人の社長に「ライターを目指しています」と伝えた時に返ってきた言葉だ。

…それは最もだが、ライター:Writer つまりは、「書く人」なのだから、そんなことを言われてしまえば『全人類ライターではないか!』と言いたくなった。

でも考えてみれば、ライターの仕事は書くことだけではない。

書いて、その書き物を読んだ人にこんな新しいことがある、ということを教えてあげることができる。
『巷で言われているこの事件の裏には、実は…』とか『多くの人がやっている〇〇、実は逆効果!?』とか『□□なお悩みをお持ちの方をお助けする、新アプリがあって』とか。

はたまた、誰かの心に寄り添って共感してあげることもできる。
『何気ない日々、ちょっと寂しい日々だけど、同じ気持ちの人がいたんだ』とか『この人も頑張ってるんだ、よっしゃおれも!』とか『最近…ですごく苦しいけど、同じ境遇で頑張ってる人もいるのね』。

そう考えると、文字が書ける人全員が全員、これをできる・しようと思うわけではないと思った。(もしかするとそういう人は、画像や映像、ライブストリーミングやポッドキャストとかで同じことをしようとしているのかもしれない)

そういえばかくゆうコテコテ大阪人の社長も、ライターを志し2,3年の時間を注ぎ込みライティングを磨いていた時期があったって言ってた。
でも最後には、プロとして働いていた同僚ライターからばっさりと『向いてないですよ』と言われ、それを機にまた別の新たなスキル磨きに向かっていったようだ。(いま僕がそんな事いわれたら普通にメンタル死ぬな… 社長ポジティプすぎやんな…)

この世界にはどうやら、書ける人は大勢居ても、プロとして(=お金をもらって生計を立てて)ライターをやっていくことは本当に難しいみたい。
クラウドワークスやランサーズ、SNSなんかのおかげで、ガチプロほどでなくてもお金の入るライティングの仕事は見つけられる。

でも、それを続けていて楽しんで続けられるかどうかはまた別問題かもしれない。

また例のコテコテ大阪人の社長は、『小説家やエッセイストを除く商業ライターは、自分の書きたい事は二の次』とも言っていた。… 楽しんで書き続けるためには、書きたいことを書ける程の域に達するんじゃないのか…と失望させられたけど、そもそもライティング案件ではすでにクライアントさんの「届けたい人who」と「届けるものwhatは決定しているわけで、あとはどう書いて届けるか(how)っていう箇所しか残されていないもんな。

確かに、そういう意味では自分の書きたい事(my what)なんて考えてる暇ないわな。

『とにかく実案件を引っ張ってくるぞ!』と意気込み、スポットではあったけど無料で来るもの拒まず片っ端しからやってみたのです。

結果全部で4案件、書いた本数でいえば12本分いただくことができました。
SNSのプロフィール作成、新規アプリの紹介、Twitterでの投稿コピー作成、物語×プロダクトという構成で小説執筆、AO入試についての記事、インタビュー記事…
終えて分かったことは、『お金なくても楽しめてやれたから、自分相当ライティング好きやんけ』ということ。反面足りてないのを感じたのは、『強みの薄さ』だった(付随的に『強みの売り出し力』がないことも)。

…うーん “書きたい事” をベースに強みを育てていきたいけど、ほんとは何を書きたいんだろう。
お金をもらうことだけをまずは優先して考えて数をこなし、その中で見つけていくのがいいんんだろうか、うん、きっと今はそうだ。

しばらく、そんなことを考えていたのですが、ふっと思ったのが、コレ。
(Slackの分報に思わずハッと書いたもの)

名称未設定のデザイン

コロナ禍で収入が激減したシングルマザー八尾市で餓死した母子ミャンマーでのデモの最中に腕に自身の電話番号と血液型を書くZ世代明日死のうと思いいのっちの電話で声を出す人目の見えない状況ながらもメイクやファッション、全ての人生を楽しむ人

想像し難いし、今の自分とはかけ離れた境遇なのかもしれないけど、こうして取り上げられている「自分とは違う世界の人」が与えるインパクトは本当に凄まじい。
それが、僕を含め当人とすれ違ったり会ったりする可能性のない人のもとへだった、ソーシャルメディアが送り届けてくれる。ここへの共感性に加え、

Twitter上ではZ世代実況レポーターとして活動する僕がプールしてきたソーシャルネイティブとしてのZ世代(僕自身もそう)の知見・観点を混ぜあわせれば、本当に僕にしかできないライティングが実現するかもしれない。
この荒削りのコンセプト、削って削って、中身の核心部が見えるところまで丁寧に磨いて削って、走りながら、自分にしかない”ライティング”を見つけていきたい。

そんなふうなことを思うのでした。

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